葛飾区史

第4章 現代へのあゆみ(戦後~平成)


第1節 戦後の葛飾

■高度成長期の街並みと学校・道路の整備 :小・中学校の増設

 葛飾区立の小・中学校の児童・生徒数は、復興期から続いた人口の増加と昭和22(1947)年から昭和24(1949)年生まれの第1次ベビーブーム世代の入学・卒業による影響を受けた。
 昭和25(1950)年の小学校の児童数は3万1913人だったが、第1次ベビーブーム世代が入学した後の昭和20年代後半から昭和30年代半ばにかけて増加し、昭和35(1960)年には4万995人となった。第1次ベビーブーム世代の児童が卒業期を迎えた昭和40(1965)年の児童数は減少したが、昭和 40年代半ばになると人口の増加と相まって児童数は再び増加した。中学校の生徒数も第1次ベビーブーム世代の入学により昭和30年代半ばにかけて増加し、昭和25(1950)年の1万917人から昭和35(1960)年には1万9224人となった。この後、第1次ベビーブーム世代が卒業した昭和40年代の生徒数は減少した。
 児童・生徒数の増加に伴って、高度成長期の昭和31(1956)年から昭和47(1972)年に葛飾区立小学校は15校が開校して50校に、区立中学校は4校が開校して21校となった。

葛飾区立小・中学校の児童数・生徒数(昭和25〔1950〕〜昭和50〔1975〕年)
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