葛飾区史

第2章 葛飾の成り立ち(古代~近世)


第1節 古代の葛飾

■古代葛飾の人々の暮らし :遺跡からみた古代葛飾の人々の暮らし

 葛飾区内では、青戸・柴又・奥戸・東新小岩などで古墳時代以降の集落遺跡が確認されている。柴又・奥戸・東新小岩の集落は奈良時代・平安時代まで継続した。これらの集落遺跡では、住居跡や井戸といった生活の場、炊飯や飲食に使っていた食器であった土器類などが出土している。
 葛飾区内で見つかっている竪穴住居跡は古墳時代から奈良時代のものである。低地という立地環境のためか、良好に残っていた事例は少ない。奈良時代になると、平地の地面に穴を掘って柱を立てる掘立柱建物の使用も確認できる。住居や倉庫、あるいは作業場などの用途が想定される。
 古墳時代前期は、竪穴住居の中心に炉を配した住居が主体であった。古墳時代中期にカマドが出現する。この時期の遺跡は葛飾区内では確認されていないが、古墳時代後期以降の竪穴住居跡では、カマドと推定される痕跡がある。カマドは燃焼効率を良くするように、焼成する部分を覆うように構築されていた。炉に比べ熱が発散することが少なく、食事の調理方法が向上したと考えられる。
 カマドの導入とともに、煮炊きに使われた土器も高さのある甕に変化した。その上に置かれた甑は底部に孔が数カ所開けられ、蒸し器の機能を果たした。住居内で煮炊きをし、煙道注釈1によって煙は外に排出されていた。
 食膳具には坏が使われた。これらの土器は土師器であった。東新小岩では平安時代の土師器を焼成した跡が見つかっており、土師器は地元で作られていたことがわかる。
 古墳時代中期には、5世紀に朝鮮半島より伝えられた焼成技術で生産されるようになった須恵器も使用されるようになった。須恵器は硬くしまった土器であり、透水性の高い土師器に比べ、保水性が高く液体の貯蔵に向いていた。須恵器にも甕・甑・坏などの器形がみられ、奈良時代・平安時代にかけて土師器とともに使用され続けた。
 葛飾区内では7世紀から8世紀前半に静岡県西部で生産された湖西窯の須恵器が出土している。この須恵器は東日本の太平洋側に広く分布しており、太平洋岸沿いの海上交通によるものとみられる。
 8世紀から9世紀前半には、武蔵国の南比企窯跡群・末野窯跡群・東金子窯跡群(いずれも埼玉県北部)や、常陸国の新治窯跡群(茨城県南部)などで生産された須恵器が出土している。武蔵国で生産された須恵器は、荒川・入間川水系の河川で運ばれたと考えられる。新治窯とは直接結び付く河川はないが、鬼怒川水系から途中陸路を経由し利根川水系を経て搬入されたと考えられる。
さらに、9世紀には愛知県の猿投窯産と推定される灰釉陶器や緑釉陶器もみられる。特に葛飾区内では、緑釉陶器がまとまって出土した場所があり、物流を考える上で注目される。海上・河川の水上交通と陸上交通の結節点であったという環境を踏まえると、海路東京湾奥まで運ばれた物資を関東平野をさかのぼる河川の舟、あるいは陸路の輸送に積み替える際の物資を集積する中継地であったといえるだろう。
 古墳時代以降、人々が暮らした場所は水辺の微高地上であった。先にみた古墳時代前期の御殿山遺跡は、農耕と漁労を生業とする集落であった。こうした生業のあり方は、古墳時代後期も同様で、漁労具であった土錘が古墳時代後期の柴又や奥戸の集落遺跡で出土している。また、高砂の新宿町遺跡では多量の土錘が出土しており、古墳時代後期においても漁労が主要な生業の1つであったことを示している。
 耕地については、御殿山遺跡における 畠のような痕跡はこれまでのところ確認されていないが、古墳時代後期の竪杵、奈良時代・平安時代の鋤、平安時代の田下駄などの遺物が見つかっていることから、稲作が行われていたと考えられる。杵は穀物の脱穀、鋤は田を耕すための道具であった。田下駄はぬかるみに足をとられないために水田で履いた。
 奈良時代以降になると出土している土錘の数は減り、古墳時代よりも漁労の比重は低くなったと考えられる。土錘も小型のものに変わり、網も小さい小規模な漁になっていたと思われる。古墳時代までの漁労は大型土錘を使用しており、一定の大きさの網を用いた複数人による集団的活動が推測される。これに対し、奈良時代以降の土錘は、小型で漁も小規模なものに変化したのであろう。このような漁労の変化とともに、微高地上を拠点とした陸地の開発が進行して、農耕が盛んになっていったと考えられる。

柴又でみつかった竪穴住居跡

発掘したのは西側の一部で、発掘していない東側まで広がると考えられる。粘土の分布している付近がカマドと推定される。
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カマドの断面図(推定復元)
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柴又で見つかった掘立柱建物跡
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掘立柱建物跡の遺構平面図
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東新小岩で見つかった南比企窯跡群産須恵器坏
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柴又で見つかった緑釉陶器
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柴又で見つかった井戸
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東新小岩で見つかった竪杵
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奥戸で見つかった鋤
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奥戸で見つかった田下駄
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注釈1:カマドで火をおこした時に発生する煙を住居外に排出するためのトンネル状の穴。