葛飾区史

第5章 暮らしの移り変わり


第2節 低地で暮らす

■水への畏れ :流れてきた神仏

 水元小合町の延命寺に祀られている地蔵尊は、慶長15(1610)年に利根川で発生した洪水の際に上流から流れ着いたものを農民が拾い上げ、担いで延命寺に持ってきたものであるといわれており、地蔵が流れ着いた場所を地蔵淵という。
 水元小合町の天王社もまた、洪水で上流から流れ着いたものを旧家が屋敷神として祀ったものといわれている。この天王社が村人にも信仰されるようになり、昭和 20 年代まで祭りのときには草相撲や踊りなどをしていた。
 このように、洪水で流れてきた神仏を祀ったという伝承は、葛飾区をとりまく川の流域に非常に多く存在している。 
 また、流したが流れていかなかった獅子頭の話もある。柴又町の八幡神社に伝わる三匹獅子舞の獅子頭は、かつては柴又の名主の屋敷に保管していたが、しまっておいた蔵の米が次第になくなることから獅子が米を食べているのだということになった。怒った名主が獅子頭を江戸川に流した。しかし、何度流しても岸辺に帰ってくるので、獅子頭に特別な力を感じた村人は神社に保管して手厚く祀ることにしたといわれている。
 他にも、下千葉町では、当地から流れていった神社が富岡八幡宮(現江東区)になったと伝えている。

地蔵尊の由緒を記した延命寺の書上帳
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水元の延命寺の本尊地蔵尊
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東新小岩の上品寺のえんま像

洪水のときに中川に流れてきたものを祀ったといわれているえんま像。
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