葛飾区史

第3章 近代化への道(明治~戦前)


第1節 南葛飾郡の時代

■野菜栽培技術の進展と都市近郊農村化 :葛飾区域の野菜作り

 葛飾区域では、江戸時代の半ば頃から野菜を作り、江戸市中の神田や千住などの市場に出荷して現金収入を得る農業が行われるようになった注釈1
 明治時代に入るとその様子がはっきりとしてきて、明治5(1872)年から明治7(1874)年にかけて作成された『東京府志料』には、米麦と共に、様々な野菜が葛飾区域内で生産されていたことが記されている。
 これによると、葛飾区域で生産された主な野菜には、細根萊菔(細根大根)、ナス、キュウリ、枝豆、三葉芹(三つ葉)、小カブ、ネギ、漬菜などがある。




注釈1:例えば延享3(1746)年の「上小合村明細帳」には「米穀・前栽物内、瓜、茄子、葱、牛蒡少々宛作り千住町并神田土物店へ出し売申候」とある。