子ども葛飾区史

第2章 葛飾の歴史


第4節 鎌倉時代

■鎌倉時代の葛飾(豊島清元から葛西清重へ) :

平氏が権力をにぎり、政治を思うままに動かすようになりました。これを不満に思う貴族や武士が増え、源氏と平氏が戦いました。源氏が勝利し、源頼朝は鎌倉(神奈川県)に幕府を開きます。このころ、葛飾を葛西清重が治めるようになります。



葛西氏が治めた葛飾
 葛飾をふくむ葛西は、平安時代の終わりごろから、豊島清元の子どもである葛西清重が治めるようになります。清重は豊島という名字でしたが、葛西を治めるにあたり、名字を葛西に変えました。この後、6代にわたり葛西氏が葛西を治めます。



葛飾区内の葛西氏ゆかりの文化財

普賢寺宝篋印塔(東京都指定有形文化財)

普賢寺(東堀切3丁目)にあり、葛西氏縁の墓だと寺に伝わっています。普賢寺は、葛西清重が建てたと伝わっています。
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葛西清重墓(東京都指定旧跡)

西光寺(四つ木1丁目)の墓地にあります。西光寺は、葛西清重の館の跡だと伝わっています。
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