葛飾区史

第4章 現代へのあゆみ(戦後~平成)


第2節 現在の葛飾

■これからの葛飾 :「自分たちのまちは自分たちでつくる」 〜引き継がれる区民の気質〜

 葛飾区は東京の東部に位置し、中川や江戸川など多くの川が流れ、これらの水運を活用し農作物を都心部に供給してきた農村地帯であった。明治から大正になると河川を活用する大型工場が進出を開始し、工業地帯としての性格も有するようになってきた。また、明治から昭和にかけて鉄道が整備されると駅前を中心に市街地化が進み、高度成長期には駅から離れていた農地も宅地化されていった。その後、平成に入ると都市基盤の整備を進め、現在の区が形作られていった。
 このように、時代を経てまち並みは変化してきたが、映画『男はつらいよ』や漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で描かれている川の手・下町人情にあふれる葛飾区民の気質は今なお引き継がれている。ご近所付き合いや困った人がいると声をかける姿が今も見られ、人のつながりが大切にされている。また、下町人情を背景に人と人との絆も強く、自治町会などの地域コミュニティ活動が活発であり、「自分たちのまちは自分たちでつくる」という区民意識が高い地域である。

葛飾の風景1

水と緑が多い水元公園
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葛飾の風景2

荒川河川敷
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葛飾の風景3

桜が満開の立石さくら通り
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葛飾の風景4

にぎわいを見せる商店街
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