子ども葛飾区史

第2章 葛飾の歴史


第7節 明治時代

■葛飾の近代化―交通 :

鉄道が走った
 1894(明治27)年に総武線が、1896(明治29)年には常磐線が開通しました。翌年に開設された常磐線の亀有駅が葛飾にできた最初の駅で、同じ年に金町駅もできました。1921(大正10)年の1日あたりの乗降車人員は亀有駅が1500人ほど、金町駅が1200人ほどでした。



人が押す鉄道
 人が線路の車両を押して動かす鉄道を人車鉄道と呼びます。1899(明治32)年に金町と柴又帝釈天を結ぶ帝釈人車鉄道が開通しました。全国で5番目にできた人車鉄道です。この鉄道は、常磐線の開通により上野駅と金町駅が約50分で結ばれて、題経寺(柴又帝釈天)を訪れる人が多くなったためにつくられました。車両は10人乗りと6人乗りがあり、ふだんの日の利用客は100人以下の日も多くありました。縁日の日には1万人が利用し、動かす車両を増やすので、ふだんは4人で押す車両も人手が足りなくなるため、2人で押しました。この人車鉄道は、1913(大正2)年まで続きました。

帝釈人車鉄道(絵葉書)
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帝釈人車鉄道の車両模型 ©葛飾柴又寅さん記念館/松竹株式会社

葛飾柴又寅さん記念館にある帝釈人車鉄道の模型です。
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