子ども葛飾区史

第2章 葛飾の歴史


第7節 明治時代

■葛飾の近代化―レンガ工場 :

金町にもあったレンガ工場
 1887(明治20)年ごろには、現在の東金町にもレンガ工場ができました。金町のレンガを使って1909(明治42)年につくられたのが、西水元にある閘門橋です。

閘門橋(葛飾区登録有形文化財)(西水元6丁目)

水害防止のためにつくられました。東京都内で唯一残るレンガ造りのアーチ橋です。
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三菱製紙中川工場のあと地に残るレンガ造りの建物

金町のレンガを使用してつくられました。
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野木町煉瓦窯(栃木県野木町)

現在も残るホフマン窯で建物の中には、窯がリング状に並んでいます。この窯を動かしてレンガを焼きます。
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(人物クローズアップ)
トーマス・J・ウォートルス 1842~1898年
 江戸時代の終わりごろに来日したイギリス人の技術者です。明治政府は、西洋の技術を学ぶために多くの外国人技術者をやといましたが、彼もその1人です。ウォートルスは、小菅のレンガ工場で技術指導をし、日本初のホフマン窯を取り入れました。また銀座煉瓦街の設計と工事の責任者でもありました。

トーマス・J・ウォートルス
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