3面 タイトル どんな時でも結果を出せる選手に 競泳選手 渡部 香生子(わたなべかなこ)さん プロフィール 1996年11月15日生まれ。葛飾区堀切出身。 15歳でロンドン五輪に200メートル平泳ぎで出場。 2014年パンパシフィック選手権では200メートル平泳ぎで優勝。 2016年リオ五輪ではメダルが期待されている。 所属はJSS立石ダイワスイミング(立石2−31−17)。 水泳を始めた時は水が嫌いでした 私は小さい頃よく風邪をひいていたので、体が丈夫になるようにと、4歳の時に両親がスイミングスクール(JSS立石)に通わせたことが水泳を始めたきっかけです。通い始めた頃は水に顔をつけるのも嫌でしたが、泳げるようになるとだんだん楽しくなってきました。  全国中学校水泳競技大会(平成23年)で中学新記録を出した頃に「私もいつか五輪に行けるかな」と思いました。でもまだその頃は、単純に「水泳って楽しいな」という気持ちでした。 五輪出場後、世界の舞台で活躍したい気持ちが強くなりました ロンドン五輪(平成24年)に出場した時は「世界の舞台で戦う」という意識はまだそれほど強くなくて、競技前も「自分はここにいていいのかな」って考えていました。でも、自分と同い年の海外の選手や同じチームの選手が優勝するのを間近で見て「五輪はメダルを取ってはじめて輝ける」と感じて、もっと活躍したいと思うようになりました。 昔からマイペースなんです 大会で勝ちたいとは思いますが、ライバルをつくったりはしないです。昔からマイペースなので、自分に勝てばいいと考えています。その日の練習がうまくいかなくても、練習が終われば忘れちゃいます。いい意味でも悪い意味でも忘れっぽいんです(笑)。切り替えが早いことが自分の長所かなって思います。 甘い物もおしゃれも大好き たまに休日にフレンチトーストを作って、それを写真共有アプリに載せたりしています。甘い物は大好きで、体重管理には気を付けていますが、練習後のご褒美にどうしても食べちゃいます(笑)。 水泳は髪が傷むので、ケアをしていたら美容やおしゃれにも興味が出てきました。今はネイルにはまってます。競泳も頑張りたいし、女性としてもきれいにしていたいです。 葛飾はほっとできるところ 普段は所沢の寮で一人暮らしなので、葛飾に帰った時は家族といっぱい話をします。実家に帰ると気持ちがほっとして、リフレッシュできます。 地元は堀切です。通っていた堀切小学校の写生大会で、堀切菖蒲園に行って菖蒲の花の絵を書いた思い出があります。そういえば今、堀切で菖蒲の花を頭に乗っけている「ほりきりん」っていますよね。一度会ってみたいです(笑)。 まずは世界の舞台で自己ベストを 4月から大学に進学します。楽しみではあるけど、今まで以上に自己管理をしっかりしなくてはと思ってます。将来的にはどんな時でも強くて結果を出せる選手になりたいです。 まずは今年の8月に行われる世界水泳選手権で、一番得意な200メートル平泳ぎで表彰台に登ることが大きな目標です。これからも頑張っていきますので応援よろしくお願いします。 タイトル 亀有の街全体が僕の実家! 歌手・CHEMISTRY(ケミストリー) 川畑 要(かわばたかなめ)さん プロフィール 1979年1月28日生まれ。葛飾区亀有出身。 テレビ番組のオーディション企画で約2万人の応募者から選ばれ、CHEMISTRY(ケミストリー)を結成。 デビュー曲『PIECES OF A DREAM(ピーシズ オブ ア ドリーム)』は100万枚を売り上げる大ヒットとなった。 現在はソロ活動を中心に活躍。 初のカバーアルバム『ON THE WAY HOME(オン ザ ウェイ ホーム)』が発売中。 「歌うまいね」の一言で! 中学卒業後は建築現場で働いてましたが、このままでいいのかなと思って「もっと得意なこと、挑戦していないことはないか」と自分に問いかけるようになりました。そんな時ふと頭に浮かんだのが、中学1年の頃、カラオケで友達に言われた「歌うまいね」という一言。これがすごく心に残ってたんです。 「もしかして歌が向いているかも」と考えるようになり、雑誌などで見つけたオーディションをどんどん受けて、ついにテレビ番組の企画で歌手になるチャンスをつかみました。当時の歌の練習場所は亀有のカラオケ屋です(笑)。いつも声が出なくなるまで歌ってましたね。 今は優しいイメージの僕です 最近、デビュー当時の写真を見ましたが、自分で見ても別人のようですね(笑)。当時は、たくましい黒人歌手が甘い声で歌うギャップに魅力を感じて、それをファッションにも反映させていました。何も分からないまま芸能界に飛び込んでいったので「負けちゃいけない」という気持ちを前面に出してましたね。今は若くて優しいイメージになったとよく言われます(笑)。 自分の歌を聴いてほしいと心から思うようになりました 今はすごくシンプルに、素直に歌えています。昨年の12月に女性ボーカルのカバーアルバムを出したのですが、女性の曲を自分の音程に合わせて歌うことで、また違う曲に生まれ変わる瞬間は、今までに感じたことのない心地よさがありました。カバーだけれど川畑のオリジナル曲のように聞こえると言ってもらえるとすごく嬉しいです。 やっぱり亀有が一番! 僕は亀有で生まれ育ったので、やっぱり亀有が一番です。故郷というか、もう街全体が実家という感じです。今でも亀有に帰ると近所のおばちゃんから声を掛けてもらいますし、商店街にもよく行きます。お花茶屋や四つ木にも友達が住んでいたので、よく遊びに行ったりしました。今でも「地元が好き」という気持ちは変わらないですね。 生まれた街を僕が盛り上げたい! 地元に帰るといつも下町パワーで背中を押してもらっています。でもパワーをもらうだけじゃなくて、今年はもっと地元に関わって、夢を持つ葛飾の若者たちが一歩踏み出すための手助けなどができたらいいですね。生まれた街を僕が盛り上げていきたい!そんな思いでいっぱいです。  平成26年12月、亀有で行われた凱旋ライブに青木克コ区長と葛飾のご当地キャラクターが応援に駆け付けました。  区長の「葛飾親善大使になっていただけませんか」という要望に、川畑さんは「ぜひやらせてください!」と快諾しました。